18世紀

黄金の世紀

1705年、ロンドン・ガゼットが、ボルドーのグラン・クリュの最初のオークションを公表しました。そこに出品されたのはなんと、「Margose」の大樽230個です!ミレジメ1771は、クリスティーズのカタログに記されている最初の「クラレット」です。
続きを読む
1705年、ロンドン・ガゼットが、ボルドーのグラン・クリュの最初のオークションを公表しました。そこに出品されたのはなんと、「Margose」の大樽230個です!ミレジメ1771は、クリスティーズのカタログに記されている最初の「クラレット」です。

イギリスの首相、ロバート・ウォルポール卿は、これらのボルドーのシャトーをこよなく愛したイギリス人エリートの一人です。ウォルポール卿は、四半期ごとにマルゴーの入った容器を4つ購入しました。しかし、その代金はまだ支払われていません!

「プルミエ・クリュ」の評判は大西洋を渡り、在仏米国大使トーマス・ジェファーソンはボルドー産の最高級ワインのトップにすでに君臨していたシャトー・マルゴーを 最高級のワインとして表現しました。マルゴー1784を注文した彼は、「これ以上のボルドーワインはない」と記しています。

18世紀初頭は、ボルドーのグラン・ヴァンの始まりでもあり、まだ非公式でありながらもその評判が広まった時期でもありました。これは、その前身の評判やテロワール、ワイン、シャトーを表す「クリュ」という概念の浸透がなければ不可能でした。18世紀、シャトーの所有者であったジョセフ・ド・フュメルは、最高の区画に「選択した苗木」を植えました。彼はメドックの河川礫層の丘と優れたシャトーでのみ、品質の高いワインを生産できるのだと気付いたのです。フランス革命がボルドーワインの黄金期を終わらせました。アリグクール伯爵、マルゴーの領主であったエリー・デュ・バリーは革命民主集中主義者たちの恐怖によって死刑台に送られたのです。

ブドウ、木々、野原、水車などシャトー・マルゴーは国家財産として革命家たちによってオークションで売却されました。マルゴーを3世紀に渡り見守ってきたレストナック、ポンタック、オレードなどの一族の最後の子孫であるロール・ドゥ・フュメルは、オレンジの木ですら霜枯れするまま放置され完全に荒れていたドメーヌを買い戻しました。

革命の時代は、その土地に対する努力と情熱が必要となった時でした。彼女は1801年にオークションで売却を行いました。