1950年代

ジネステ一族

フェルナン・ジネステ とその息子ピエールがシャトー・マルゴーの舞台に登場します。フェルナンはワインの仲介でその富を築きました。ドメーヌを購入するのに必要な資金を送金したのは、友人のひとりであるサイゴン市長を務めていたワインの輸入業者でした。ジネステ一族がドメーヌ全体を取得したのは、1950年ごろのことです。
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フェルナン・ジネステ とその息子ピエールがシャトー・マルゴーの舞台に登場します。フェルナンはワインの仲介でその富を築きました。ドメーヌを購入するのに必要な資金を送金したのは、友人のひとりであるサイゴン市長を務めていたワインの輸入業者でした。ジネステ一族がドメーヌ全体を取得したのは、1950年ごろのことです。

フェルナンドとピエールはブドウ畑の再編に辛抱強く取り組みました。ピエールの息子ベルナールが仲介業を継ぎ、ボルドーで最も尊敬される商業の地のひとつに仕立てました。

しかし、1970年代の不況、販売できないほどワインが不出来だった1972年、1973年、そして1974年がピエールとベルナールに大打撃を与えました。それでも彼らは自分たちの努力が報われることを望んでいました。

彼らが持っていた資産の中で売却可能なものは、シャトー・マルゴーだけでした。そして彼らは売却することを受け入れたのです。彼らがシャトー・マルゴーを売却するまでには2年の月日がかかりました。そして1977年、シャトー・マルゴーはアンドレ・メンツェロプロスの手に渡ったのです。これはワインを愛する人々の間では衝撃でした。メドックがギリシャ人の手に渡ったのです。